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孝謙天皇(こうけんてんのう)

第46代天皇[日本]

(神護景雲4年8月4日崩御)

(ユリウス暦) 0770年 8月28日 死去享年歳

孝謙天皇 - ウィキペディアより引用

孝謙天皇(こうけんてんのう)、重祚して称徳天皇(しょうとくてんのう;稱德天皇、養老2年(718年) - 神護景雲4年8月4日(770年8月28日))は、日本の第46代・第48代天皇。
在位期間は、孝謙天皇として天平勝宝元年7月2日(749年8月19日) - 天平宝字2年8月1日(758年9月7日)、称徳天皇として天平宝字8年10月9日(764年11月6日) - 神護景雲4年8月4日(770年8月28日)。
父は聖武天皇、母は藤原氏出身で史上初めて人臣から皇后となった光明皇后(光明子)。
即位前の名は「阿倍内親王」。
生前に「宝字称徳孝謙皇帝」の尊号が贈られている。
『続日本紀』では終始「高野天皇」と呼ばれており、ほかに「高野姫天皇」「倭根子天皇(やまとねこのすめらみこと)」とも称された。
史上6人目の女帝で、天武系からの最後の天皇である。
この称徳天皇以降は、江戸時代初期に即位した第109代明正天皇(在位:1629年 - 1643年)に至るまで、実に850余年もの間、女帝が立てられることはなかった。

第46代天皇、宝字称徳孝謙皇帝、高野天皇とも。諱は阿倍・高野姫尊。 聖武天皇の皇女、母は光明皇后。 在位中、東大寺大仏を開眼。従兄の藤原仲麻呂を重用したが、のち道鏡を寵愛し、仲麻呂らの反乱を招いた。764年、重祚して称徳天皇となる。 (引用元 Hatena Keyword)