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斎藤耕一 氏

映画監督[日本]

2009年 11月28日 死去肺炎享年81歳

斎藤耕一 - ウィキペディアより引用

斎藤 耕一(さいとう こういち、1929年2月3日 - 2009年11月28日)は、日本の映画監督、写真家、スチルカメラマンである。
来歴・人物 東京府八王子市に生まれる。
立教大学中退後、東京写真工業専門学校(現・東京工芸大学)に入学する。
卒業後、1949年、太泉映画(現・東映東京撮影所)にスチルカメラマンとして入社し、今井正の『ひめゆりの塔』で「キネマ旬報スチールコンテスト」で1位入賞する。
1954年、日活に引き抜かれ、中平康、今村昌平、市川崑など多くの作品のスチルを担当する。
若き日の石原裕次郎とも仕事仲間で親しく、裕次郎のデビュー直後に、最初の写真集『海とトランペット』を出している(復刻版日刊スポーツ出版社、1987年8月)。
また、石原裕次郎の最後の映画となった『凍河』のメガホンを執ったのも斎藤である。
石原裕次郎は「耕一ちゃんの為ならカネは要らんよ」とノーギャラで『凍河』に出演したという。
その他には中平康の『月曜日のユカ』などの脚本も手がける。
しかし次第に自身のイメージと作品とのあまりのずれに失望し、1967年、私財を投じて「斎藤プロダクション」を設立する。