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宮部金吾 氏(みやべきんご)

植物学者[日本]

1951年 3月16日 死去享年92歳

宮部金吾 - ウィキペディアより引用

宮部 金吾(みやべ きんご、1860年4月27日(万延元年閏3月7日) - 1951年(昭和26年)3月16日)は、日本の植物学者。
北海道札幌市名誉市民。
札幌農学校第二期卒業生(現在の北海道大学)。
来歴・人物 武蔵国に生まれる。
札幌農学校卒業後、開拓使御用掛となる。
1883年、札幌農学校助教授に就任。
1889年、札幌農学校教授に就任。
1927年、定年退官。
1946年、文化勲章を受章。
1949年、札幌市栄誉市民となる。
新渡戸稲造、内村鑑三、広井勇は札幌農学校の同期。
然別湖に生息するミヤベイワナの名称は、最初の発見者である彼の名前にちなんで、農学博士の大島正満が命名したものである。
植物の分布境界線「宮部線」に名を残している。
栄典 1891年(明治24年)12月21日 - 従七位 1900年(明治33年)6月30日 - 勲六等瑞宝章 1906年(明治39年)6月30日 - 勲四等瑞宝章 1910年(明治43年)12月26日 - 勲三等瑞宝章 主な著書 『北海道主要樹木図譜』 『南千島植物誌』 『北海道水産調査報告 巻之三 昆布採取業「昆布科」』 脚注 関連項目 半澤洵(門下生) 工藤祐舜 外部リンク 「植物学」講義ノート。

みやべきんご [生]万延1(1860).4.27.江戸[没]1951.3.16.札幌植物学者。札幌農学校卒業(1881),同校助教授(83),アメリカのハーバード大学に留学して植物学を修め(86~89),帰国後,札幌農学校教授(89)。札幌農学校は,のち東北帝国大学農科大学,北海道帝国大学となったが引続き1927年まで教授の職にあり,植物学,植物病理学などを担当した。終生,北海道,千島,樺太(からふと。第2次世界大戦前)の植物を調査し,北海道の文化に寄与するところが多かった。また,札幌農学校在学中から熱心なクリスチャンで,札幌バンド成員の一人でもあった。46年文化勲章を受章。 (引用元 コトバンク)

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