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モーリス・ブランショ 氏Maurice Blanchot

哲学者作家、批評家[フランス]

2003年 2月20日 死去享年97歳

モーリス・ブランショ(Maurice Blanchot、1907年9月22日 - 2003年2月20日)は、フランスの哲学者、作家、批評家。
通称“顔の無い作家”。
ストラスブール大学卒業。
戦前のポール・ヴァレリーに比せられる戦後最大のフランスの文芸批評家であるという評価が定着している。
生涯 フランス・ソーヌ=エ=ロワール県のカンに生まれる。
ストラスブール大学でドイツ語や哲学を学び、在学中にエマニュエル・レヴィナスと親交を結んだ。
また、アクション・フランセーズなどの影響を強く受け、自らも右翼思想に接近する。
さらに、マルティン・ハイデッガーの『存在と時間』と出会ったのもこの頃であり、ハイデッガー哲学との対話・対決は、その後長らくブランショの課題の一つとなった。
極右のジャーナリスト ブランショは、極右機関紙『コンバ(戦闘)』の右翼イデオローグとして文筆活動を開始し、ラディカルな極右の論陣を張る。
ピエール・アンドリューのドリュ=ラ=ロシェル伝(Pierr Andreu/Frederic Grover:DRIEU LA ROCHELLE.1979)によれば、ブランショは、1930年代には、後に対独協力派のファシスト作家となるピエール・ドリュ=ラ=ロシェルの秘書をしていた。

Maurice Blanchot  (1907-2003) ■戦後フランスを代表する批評家・思想家。 ■年譜 ストラスブール大学でエマニュエル・レヴィナスと親交。ドイツ現象学、プルースト、ヴァレリーなどを共同で読む。 シャルル・モーラス系統の雑誌「コンバCombat」の政治記事主幹、「ジュルナル・デ・バjournal des debats」紙時評家となり、「テロリズム、公共の救済の方法としての」(1936)など、急進的な書記活動を行う。ジャン・ポーランの紹介で、「いかにして文学は可能か」を出版。「芸術に反対する無益で盲目的な闘争を経由してしか作家は芸術を産み出せない」とするなど、後の思想が予見されている。 1940年、バタイユと出会い、バタイユの「内的体験」の概念にたいして、「内的体験それ自体が積極的価値となり、権威となる」と批判し、バタイユの「無神学大全」構想を大きく変容させる。また、バタイユの記録によれば「精神的な生とは、救済の欠如、一切の希望の放棄のなかにしか、みずからの原理と目的を定めることができず、自己自身への異義申し立て、非ー知であることしかできない」と語ったという。 1941年、「謎の男トマ」で小説家としてデビュー。この年、レヴィナスの妻、娘をかくまう。 戦後、マラルメ、リルケ、カフカ、ニーチェ、ルネ・シャール、ヘルダーリンらの緻密な批判的読解によって、戦後文芸批評の基本枠組みを提示する。とりわけミシェル・フーコーの「外の思考」やジャック・デリダらに大きく影響を与えた。 1955年「文学空間」の出版。 ブランショは、書くことを人間の根源的体験である死と結び付け、「作品は、何の証拠 …… (引用元 Hatena Keyword)