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インノケンティウス10世Innocentius X

ローマ教皇[イタリア]

1655年 1月7日 死去享年82歳

インノケンティウス10世 - ウィキペディアより引用

『インノケンティウス10世 (ローマ教皇)』より : インノケンティウス10世(Innocentius X, 1574年5月6日 - 1655年1月7日)は、ローマ教皇(在位:1644年 - 1655年)。
本名はジョバンニ・バッティスタ・パンフィリ(Giovanni Battista Pamphili)。
前教皇の方針を確認し、ジャンセニスムを弾劾した。
生涯 ローマ出身のパンフィリは、1629年に枢機卿に選ばれ、1644年のコンクラーヴェ(教皇選挙)においてフランスの枢機卿団の後押しで教皇位につき、インノケンティウス10世を名乗った。
もとは法学者で、教皇庁では主に外交の分野で目覚しい業績を挙げていた。
ウルバヌス8世没後の教皇選挙は混乱を極めた。
スペインの枢機卿団とマザラン枢機卿に率いられたフランスの枢機卿団が激しく対立したためであった。
長引く選挙に、フランス側が妥協案としてパンフィリの教皇選出で合意し、パンフィリがインノケンティウス10世を名乗って新教皇となった。
教皇は手始めに、前教皇の一族バルベリーニ家の弾劾から始めた。
フランチェスコ・バルベリーニとアントニオ・バルベリーニの兄弟が教皇庁財産の横領容疑で訴えられた。