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柳田国男 氏(やなぎたくにお)

民俗学者[日本]

1962年 8月8日 死去心臓衰弱享年88歳

柳田国男 - ウィキペディアより引用

『柳田國男』より : 柳田 國男(やなぎた くにお、1875年(明治8年)7月31日 - 1962年(昭和37年)8月8日)は、日本の民俗学者・官僚。
現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれで、最晩年に名誉町民第1号となった。
没後に正三位勲一等。
当時の池田首相が「民間人とはいえ、これだけの人物に瑞宝章では軽い」と発言し旭日大綬章が供えられた。
元官僚で貴族院書記官長、終戦後から廃官に至るまで最後の枢密顧問官をつとめる。
「日本人とは何か」その答えを求め、日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行し、初期は山の生活に着目し、『遠野物語』で「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べた。
日本民俗学の開拓者で、多数の著作は今日まで重版され続けている。
生涯 生い立ち 1875年(明治8年)7月31日、飾磨県(兵庫県)神東郡田原村辻川(現:兵庫県神崎郡福崎町辻川)に儒者で医者の松岡操、たけの六男(男ばかりの八人兄弟)として出生。

日本民俗学の創始者。東大法科政治科卒。農商務省に入省し、法制局参事官・宮内書記官等貴族院書記官長を最後に官界を辞任。朝日新聞社客員となり、論説委員としてユニークな社説を執筆。『常民』『遠野物語』をはじめ学問的果実は『定本柳田国男集』に収められている。蔵書は「柳田文庫」に「喜談書屋」は先祖の地長野県飯田市に移築活用されている。昭和37年(1962)歿、87才。 (引用元 コトバンク)