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道元(どうげん)

、曹洞宗開祖[日本]

(建長5年8月28日入寂)

(ユリウス暦) 1253年 9月22日 死去享年54歳

道元 - ウィキペディアより引用

道元(どうげん、正治2年1月2日(1200年1月19日)- 建長5年8月28日(1253年9月22日))は、鎌倉時代初期の禅僧。
日本における曹洞宗の開祖。
晩年に希玄という異称も用いた。
同宗旨では高祖と尊称される。
諡号は、仏性伝燈国師、承陽大師。
一般には道元禅師と呼ばれる。
徒(いたずら)に見性を追い求めず、坐禅している姿そのものが仏であり、修行の中に悟りがあるという修証一等、只管打坐の禅を伝えた。
『正法眼蔵』は、和辻哲郎、ハイデッガーなど西洋哲学の研究家からも注目を集めた。
生い立ち 道元は、正治2年(1200年)、京都の久我家に生まれた。
両親が誰であるかについては諸説ある。
一時定説化した仏教学者・大久保道舟の説によれば、父は内大臣・源通親(久我通親または土御門通親とも称される)であり、母は太政大臣・松殿基房(藤原基房)の娘である藤原伊子であって、京都・木幡の松殿山荘で生まれたとされていた。

どうげん [生]正治2(1200).1.2.京都[没]建長5(1253).8.28.京都鎌倉時代の禅僧。日本曹洞宗の開祖。字は希玄。久我通親の子。13歳のとき比叡山横川の僧坊にとどまり,翌年出家。建保2(1214)年建仁寺の栄西(えいさい)に入門,高弟明全について修学し,ついに臨済の印可を受けた。貞応2(23)年明全とともに入宋。天童山,天台山など諸山を歴訪し,曹洞禅を体得して嘉禄3(27)年帰国。建仁寺などに仮寓したのち寛元2(44)年越前に吉祥山永平寺を建立し,曹洞宗を開いた。のちに京都,鎌倉などを往還し,禅の普及に努めた。『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』『永平清規』などの著書があり,また永平寺蔵『明全戒牒識語』は彼の真跡として著名。 (引用元 コトバンク)