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ヘンリー4世Henry IV

イングランド国王[イギリス]

(ユリウス暦) 1413年 3月20日 死去享年47歳

ヘンリー4世 - ウィキペディアより引用

『ヘンリー4世 (イングランド王)』より : ヘンリー4世(Henry IV, 1367年4月3日 - 1413年3月20日)は、イングランド国王(在位:1399年 - 1413年)。
エドワード3世の第3子ジョン・オブ・ゴーントと初代ランカスター公ヘンリー・オブ・グロスモントの次女ブランシュの長男。
リンカンシャーのボリングブロク城で生まれたので、ヘンリー・ボリングブロク(Henry Bolingbroke)とも言われる。
即位前はヘリフォード伯、ダービー伯。
1380年、ヘリフォード伯ハンフリー・ド・ブーンの次女メアリーと結婚。
1390年から1392年にかけてドイツ騎士団のリトアニア遠征に加わった。
1398年、従兄のリチャード2世にトマス・モウブレーとの諍いを咎められ、パリに追放されて相続権を奪われ、翌年に父が死んで残ったランカスター公領も没収された。
1399年7月4日にイングランドに上陸。
8月にはアイルランド遠征から帰還途中のリチャード2世をウェールズとの国境で破り、リチャードを逮捕した。
9月30日、議会はリチャード2世の廃位とヘンリーの王位継承を議決、ランカスター朝を開いた。

ヘンリーよんせいHenryIV [生]1366.4.3.リンカーンシャー,ボリングブローク城[没]1413.3.20.ロンドンイギリス,ランカスター朝初代のイングランド王(在位1399~1413)。国内最大の領主ランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの子。1399年ランカスター家の財産を没収したリチャード2世に対抗,議会の承認を得て王の廃位を宣言,彼の後継者として即位。在位中は暗殺のおそれや反乱など,常に動揺に苦しめられた。スコットランドやウェールズとの国境地方の劫略,リチャード2世派の反乱(1400),ノーサンバーランド家のH.パーシーとウースター伯トマスの反乱(03)などのほかに,政府の財政操作の不手ぎわから議会が国王に王国財政の決算の公開を迫ることもあった。 ヘンリー4世ヘンリーよんせいHenryIV イギリスの劇作家シェークスピアの史劇。2部。1597年頃の執筆。主としてホリンシェッドの『年代記』(第2版,1587)に材を取り,ウェールズの反乱とホットスパーの謀反,シュリューズベリーの戦いなどの史実と,放蕩者の王子ハル(のちのヘンリー5世)とその無頼の仲間フォールスタッフたちが繰広げる喜劇的な世界とが,巧みに融合して展開する。この作品の魅力は,大言壮語する陽気な肥満漢フォールスタッフの活躍にある。 (引用元 コトバンク)