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佐々木惣一 氏(ささきそういち)

法学者[日本]

1965年 8月4日 死去享年88歳

佐々木惣一 - ウィキペディアより引用

佐々木 惣一(ささき そういち、1878年(明治11年)3月28日 - 1965年(昭和40年)8月4日)は、日本の憲法学者、行政法学者。
法学博士。
貴族院議員(勅選)。
京都大学名誉教授。
立命館大学学長。
京都市名誉市民。
文化功労者、文化勲章受章者。
贈正三位、贈勲一等瑞宝章(没時追贈)。
佐々木惣三郎の長男として現在の鳥取県鳥取市西町に生まれる。
県尋常中(現鳥取西高)、四高を経て京都帝大に法学を学び1903年(明治36年)卒業、直ちに同大学の講師、次いで1906年(明治39年)に助教授、1913年(大正2年)に教授となり、行政法を講じた。
さらに1927年(昭和2年)からは退官した市村光恵に代わって憲法も担当するようになった。
行政法における師匠は織田萬であり、憲法における師匠は井上密である。
1921年(大正10年)以来二回法学部長に挙げらる、。
厳密な文理解釈と立憲主義を結合した憲法論を説き、東の美濃部達吉とともに、大正デモクラシーの理論的指導者として活躍し、弟子の大石義雄とともに憲法学における京都学派を築いた。

ささきそういち [生]1878.3.28.鳥取[没]1965.8.4.京都,京都大正・昭和期の公法学者。1903年京都帝国大学卒業,ただちに同大学法科大学講師となり,1913年教授に就任。1933年の滝川事件により退官。憲法,行政法の権威で,大正デモクラシーの有力な論客であり,立憲主義的で客観主義的かつ論理主義的な憲法論を展開した。1945年には内大臣府御用掛として大日本帝国憲法改正のための佐々木案を作成し,1946年には貴族院議員として憲法案の審議に加わった。1952年文化勲章を受章。主著に『日本憲法要論』(1930),『日本国憲法論』(1949)がある。 (引用元 コトバンク)

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