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中山晋平 氏(なかやましんぺい)

作曲家[日本]

1952年 12月30日 死去膵臓炎享年66歳

中山晋平 - ウィキペディアより引用

中山 晋平(なかやま しんぺい、1887年(明治20年)3月22日 - 1952年(昭和27年)12月30日)は、日本の作曲家。
多くの傑作といわれる童謡・流行歌・新民謡などを残した。
作品は多岐にわたり、学校の校歌・社歌等などを含め中山の作品と判明しているだけで1770曲ある。
一部の作品は現在も抒情歌または日本歌曲として歌い継がれている。
長調の曲はほとんどが日本固有のヨナ抜き音階で書かれている。
また、童謡には「兎のダンス」や「蛙(かはづ)の夜回り」のようなピョンコ節がかなりある。
その作品群は独特の曲調から俗に「晋平ぶし」とよばれ親しまれている。
長野県下高井郡新野村(現・中野市)に生まれる。
生家は名主、村長を出した旧家であったが父親の急死により落魄し、養蚕をする母親に女手一つで育てられ、尋常高等小学校卒後代用教員となる。
唱歌が好きで生徒からも唱歌先生と呼ばれた。
1905年(明治38年)、故郷での代用教員の職を辞し上京。
島村抱月の弟の縁により抱月の書生となる。
1908年(明治41年)、東京音楽学校予科入学。
1909年(明治42年)、本科のピアノ科に入る。

なかやましんぺい [生]1887.3.22.長野,日野[没]1952.12.30.静岡,熱海大正,昭和の作曲家。1912年東京音楽学校卒業。1914年『カチューシャの唄』を作曲,『復活』の劇中で松井須磨子が歌って評判となった。その後『ゴンドラの唄』など多くの劇中歌を作曲,それらは洋楽スタイルによる最初の近代的な流行歌であったといわれる(→歌謡曲)。野口雨情作詞の『波浮の港』『出船の港』など民謡風で芸術的な作品のほか,新民謡では『須坂小唄』など,童謡では『證城寺の狸囃子』『あの町この町』『鞠と殿様』など多数の傑作がある。 (引用元 コトバンク)