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徳川家康(とくがわいえやす)

戦国大名、江戸幕府初代将軍[日本]

(元和2年4月17日没)

1616年 5月22日 死去享年75歳

徳川家康 - ウィキペディアより引用

徳川 家康(とくがわ いえやす、旧字体: 德川家康)、または松平 元康(まつだいら もとやす)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。
江戸幕府の初代征夷大将軍。
三英傑の一人で海道一の弓取りの異名を持つ。
家系は三河国の国人土豪・松平氏。
永禄9年12月29日(1567年2月18日)に勅許を得て、徳川氏に改めた。
松平元信時代からの通称は次郎三郎。
幼名は竹千代(たけちよ)。
本姓は私的には源氏を称していたが、徳川氏改姓と従五位の叙任に当たって藤原氏を名乗り、少なくとも天正20年(1592年)以降にはふたたび源氏を称している。
馬印は、金扇。
兜は、歯朶獅嚙輪貫前立大黒頭巾形兜。
徳川家康は、織田信長と同盟し、豊臣秀吉と対立・臣従した後、日本全国を支配する体制を確立して、15世紀後半に起こった応仁の乱から100年以上続いた戦乱の時代(戦国時代、安土桃山時代)に終止符を打った。

徳川幕府初代将軍。岡崎城主松平広忠の長男。幼名は竹千代、のち元信・元康、院号を安国院。6才の時織田・今川の人質となるが桶狭間の戦で岡崎にもどり、信長と結んで勢力を拡大、信長歿後は豊臣秀吉と対立するが和睦し、秀吉の天下統一に協力する。秀吉の死後、関ヶ原の戦で石田三成を破り対抗勢力の一掃に成功、征夷大将軍となる。大坂冬・夏の陣で豊臣氏を滅ぼし、名実共に天下を統一して幕府の基礎を固めた。元和2年(1616)歿、75才。 (引用元 コトバンク)