エミール・ガレCharles Martin Émile Gallé
ガラス工芸家[フランス]
1904年 9月23日 死去白血病享年59歳
シャルル・マルタン・エミール・ガレ(仏: Charles Martin Émile Gallé、1846年5月4日 - 1904年9月23日)は、フランスにおけるアール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸家、陶芸家、家具作家、工芸デザイナー、アートディレクター、工場経営者。
生涯=
1846年5月4日、高級ガラス器と鏡の小売販売店の息子としてフランスロレーヌ地方ナンシーで誕生。
1858年にナンシー帝立高等中学校(フランス語版)(帝国リセ)に入学。
修辞学、文学、哲学、植物学に優れた成績を修めた。
1865年の秋から67年1月までドイツのヴァイマルに留学し、ドイツ語とデザインなどを学ぶ。
1867年、マイゼンタールのブルグン・シュヴェーラー社 (Burgun Schwerer & Cie.) のガラス工場でガラス製造の技術を研鑽する。
1870年、プロシアとフランスの間に普仏戦争が始まり、ガレは第23戦列歩兵部隊に入隊。
1871年にプロシア軍はフランス軍を圧倒しパリに入城。
敗戦国となったフランスはフランクフルト条約によりガレの故郷ロレーヌ地方の一部とアルザス全域を割譲した。
退役後、父についてイギリスを訪問し、サウス・ケンジントン美術館を見学。
1873年、ガレ家はガレンヌ通り2番へ転宅し、新居の庭に陶器の加飾の工房と倉庫が設営される。
1877年、ガレは父に代わって社主となる。
1878年、パリ万国博覧会に独自に開発した'月光色'ガラス(酸化コバルトによって淡青色に発色させた素地)や陶器を出品し、銅賞を受賞( ……
エミール・ガレが亡くなってから、120年と60日が経過しました。(43890日)