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ナポレオン3世Napoléon III

大統領皇帝[フランス]

1873年 1月9日 死去享年66歳

ナポレオン3世 - ウィキペディアより引用

『ナポレオン3世 (フランス皇帝)』より : ナポレオン3世(Napoléon III, 1808年4月20日 - 1873年1月9日)は、フランス第二共和政の大統領(在任:1848年 - 1852年)、のちフランス第二帝政の皇帝(在位:1852年 - 1870年)。
本名はシャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルト(Charles Louis-Napoléon Bonaparte)であり、皇帝に即位して「ナポレオン3世」を名乗る以前については一般にルイ・ナポレオンと呼ばれている。
本項でもそのように記述するものとする。
ナポレオン・ボナパルトの甥にあたり、1815年のナポレオン失脚後、国外亡命生活と武装蜂起失敗による獄中生活を送ったが、1848年革命で王政が消えるとフランスへの帰国が叶い、同年の大統領選挙でフランス第二共和政の大統領に当選した。
第二共和政の大統領の権力は弱く、はじめ共和派、のち王党派が牛耳るようになった国民議会から様々な掣肘を受けたが、1851年に国民議会に対するクーデタを起こし、独裁権力を掌握。

ナポレオンさんせいNapoléonIII;CharlesLouisNapoléonBonaparte [生]1808.4.20.パリ[没]1873.1.9.ロンドン近郊チズルハーストフランス第二帝政の皇帝(在位1852~70)。「ナポレオン的理念」の継承者ならびに社会の秩序と安定の擁護者という使命感をいだき,『貧困の絶滅』を書き皇帝社会主義を主張したことで知られる。ナポレオン1世の弟オランダ王ルイ・ボナパルトとオルタンス・ド・ボーアルネの第3子。ルイ・ナポレオンと呼ばれた。1815年のナポレオン1世の没落で,ボナパルト家は国外へ逃れ,彼は母親によってドイツ,スイス,イタリアで養育された。1人残った兄が31年に死に,翌年にはナポレオン1世のひとり息子が世を去ると,ルイ・ナポレオンがボナパルト家の宗主となり,ナポレオン1世の後継者として,また有能な扇動家として知られるようになった。1836年10月七月王政打倒の反乱に失敗,アメリカに追放された。40年8月再度反乱を企てたが,失敗。終身禁錮を宣告され,投獄された。46年5月ロンドンに脱出。二月革命の報でパリに帰り,48年12月の大統領選挙で圧倒的勝利を博した。51年12月2日武力で議会を解散し,翌年クーデター記念日に帝位につき第二帝政を開始。彼の支配体制は市民的自由を抑圧したが,産業革命を推進する機能を果し,帝国は経済的繁栄をみた。しかし対外政策はイタリア問題でフランスを国際的孤立化へと走らせ,特にメキシコ遠征の失敗は帝政の威信を内外に失墜させた。69年議会帝政に入ったが,70年9月普仏戦争に敗れ,みずからも捕虜となり帝政は崩壊した。 (引用元 コトバンク)