芸能人・経営者のおくやみ情報

三遊亭円右 氏

落語家[日本]

2006年 3月24日 死去前立腺がん享年82歳

『三遊亭圓右』より : 三遊亭 圓右(さんゆうてい えんう)は、落語家の名跡。
三遊派の系統から生まれた名である。
「円右」とも記す。
現在は空席。
初代 初代三遊亭 圓右(万延元年6月15日(1860年8月1日) - 大正13年(1924年)11月2日)は、落語家。
本名は沢木勘次郎。
4代目橘家圓喬と並び称される明治期から大正期にかけての名人。
一代で圓右の名跡を築いた。
父は徳川水戸家の作事大工の家に生まれ、名を沢木林蔵といった。
本郷出身。
幕府の御家人だった伯父は風流人で笛を得意とし初代三遊亭圓朝のお囃子をしていた関係で幼いころから楽屋に出入りする。
1872年ころに2代目三遊亭圓橘門下で橘六、1877年に二つ目で三橘、1882年に圓右となり、1883年真打昇進。
1897年上方にも活動を始める、この頃に上方ネタを多く改作。
1924年10月24日、大師匠三遊亭圓朝27回忌に2代目圓朝の名跡を管理していた藤浦三周からその年の秋に名乗ることを許されるが、既に身体は肺炎に冒されていた。

さんゆうていえんう(1860―1924) 明治・大正の落語家。初代。本名沢木勘次郎。2代三遊亭円橘(えんきつ)門下で橘六(きつろく)から三橘(さんきつ)となり、のち三遊亭円朝(えんちょう)門下となって1883年(明治16)円右と改名。非凡な芸で名人といわれ、大正時代に3代柳家小さんと並び称せられた。関東大震災後、2代円朝を継いだが高座に上らず病没した。2代円右(1891―1951)は初代の実子が継いだが大成しなかった。3代(1923―2006)は本名粕谷泰三。5代古今亭今輔(ここんていいますけ)門下で、寿輔(じゅすけ)から3代目を襲名。[関山和夫][参照項目]|三遊亭円朝 (引用元 コトバンク)