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秋月種樹(あきづきたねたつ)

政治家書家[日本]

1904年 10月17日 死去享年71歳

秋月種樹 - ウィキペディアより引用

秋月 種樹(あきづき たねたつ)は、幕末・明治期の政治家。
日向国高鍋藩の世嗣。
貴族院議員、参与、明治天皇侍読。
詩文に優れ、書家としても知られた。
9代高鍋藩主・秋月種任の三男として生まれる。
安井息軒、塩谷宕陰らに師事する。
若年より英明で知られ、小笠原明山、本多静山と並んで学問界の三公子と称された。
文久2年(1862年)11月14日、部屋住みの身でありながら幕府学問所奉行に登用される。
文久3年(1863年)6月26日、兄種殷の養子となる。
同年9月28日、若年寄格との兼任を命じられた。
秋月家は2万7000石の外様大名であり、異例の抜擢であった。
元治元年(1864年)5月28日、学問所奉行を解任されて、将軍徳川家茂の侍読に任じられた。
慶応3年(1867年)6月21日、若年寄に任ぜられるものの、12月25日に辞任した。
慶応4年(1868年)2月10日、上洛し、新政府支持の姿勢を示した。
同年2月、新政府の参与に就任した。
内国事務局に配属された。
その後、公議所議長・左院少議官などを歴任した。
明治5年(1872年)、海外遊学。
明治7年(1874年)5月13日、養父種殷の死去により家督を相続した。

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