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マックス・オフュルス 氏Max Ophüls

映画監督[ドイツ→フランス]

1957年 3月25日 死去享年56歳

マックス・オフュルス (Max Ophüls, 1902年5月6日 - 1957年3月25日) は、ドイツ出身の映画監督。
後にフランス国籍を取得し、アメリカでも活動した。
女性映画の巨匠として知られる。
1902年5月6日、ドイツ占領中のフランス領ザールブリュッケンで生まれる。
本名はマクシミリアン・オッペンハイマー。
オフュルスという名はユダヤ人であることを隠すために用いた偽名である。
1919年から舞台俳優として活動し、1923年からは演出家に転向した。
その後、1929年にアナトール・リトヴァクの作品に脚本家として携わり、映画界に進出した。
1931年、短編『Dann schon lieber Lebertran』で映画監督としてデビュー。
翌1932年には初の長編『Die verliebte Firma』と『Die verkaufte Braut』を製作した。
1933年、ドイツ時代の代表作『恋愛三昧』と『笑う相続人』を発表。
しかし、ナチス台頭に伴い、同年にフランスに亡命。
5年後の1938年にはフランス国籍を取得した。
この時期に製作された作品には早川雪洲を起用した『ヨシワラ』(1937年)がある。

Max Ophüls  主にドイツ、アメリカ、フランスで活動した映画監督。  1902年5月6日、ドイツのザンクト・ヨーハン/ザール(1914年以降、ザールブリュッケンと改称)生まれ。  本名マックス・オッペンハイマー。  1957年3月26日、ハンブルクにて没。  1923年に初めて舞台演出を手がけ、1925-26年にはウィーンの名門ブルク劇場と契約。  1926年、女優ヒルデ・ヴァルと結婚。息子は後の映画監督マルセル(1927年7月生)。  1932年、長編第1作『惚れっぽい会社』Die Verliebte Firmaを監督。  1933年、パリに亡命。  1940年、アルジェリア連隊の一兵卒となる。ゲシュタポの犯罪者リストに載ったため、非占領地域の南仏に逃れる。  1941年、ヨーロッパを脱出、アメリカに着く。  1949年、フランスに渡り、以後、ヨーロッパで映画を撮った。   主な作品に、シュニッツラー原作『リーベライ』を映画化した『恋愛三昧』(1933/日本は特殊上映のみ)、「La Signora di tutti」(1934/日本未公開、はてなの「みんなの女性」を参照)、『忘れじの面影』(1948)、『輪舞』(1950)、『快楽』(1952)、『たそがれの女心』(1953)、『歴史は女で作られる』(1956)など。 (引用元 Hatena Keyword)