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ロッキー青木 氏(ろっきーあおき)

実業家、BENIHANA 創業者[日本]

(本名・青木廣彰)

2008年 7月10日 死去肺炎享年71歳

ロッキー青木 - ウィキペディアより引用

『青木広明』より : 青木 廣彰(あおき ひろあき、1938年10月9日 - 2008年7月10日)は、日本の実業家、冒険家。
東京都出身。
アメリカ合衆国の鉄板焼きレストランチェーン「BENIHANA」の創業者。
通称、ロッキー青木。
1938年10月9日、俳優・タップダンサーとして郷宏之の芸名で活躍し、後にレストランチェーン紅花 (BENIHANA) 共同創業者となる青木湯之助、青木かつの長男として中野で生まれる。
青木家は江戸時代は紀州徳川直参の旗本だった和歌山県士族の旧家である。
1951年4月、慶應義塾中等部に入学し、1957年3月、慶應義塾高等学校卒業。
慶應義塾大学経済学部在学中にはレスリング部に所属した。
1959年、レスリング日本選抜で米国遠征し、そのままアメリカに残る。
ニューヨーク市立大学シティカレッジ (CCNY)に入学し、レストラン経営学を学ぶ。
1960年、ローマ五輪の日本レスリングチーム補欠選手。
1962年、ニューヨーク市ハーレムで移動アイスクリーム屋を開き、和傘のミニチュアをアイスクリームに添えるアイディアが功を奏し成功を収める。

1938年10月9日〜2008年7月10日 日本の実業家。冒険家。アメリカでの鉄板焼チェーンのベニハナ(Benihana)の成功で最も知られる。東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業。 大学在学中の1959年にに日本選抜チームのレスリング選手としてアメリカ遠征に参加、1960年にアメリカに留学し、ニューヨーク市マンハッタンのハーレムで移動式アイスクリーム店を開いた。番傘を添えるアイデアが話題を呼び、アメリカでの最初の成功を収めた。1964年に「ベニハナ・オブ・トーキョー」を開店。ショースタイルの料理法が受け、日本食がまだ珍しかった時代に店舗を次々に増やし、ベニハナチェーンを築いた。また、1982年に気球による太平洋横断なども行い、冒険家としても活躍した。 (引用元 Hatena Keyword)

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