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パウロ6世 氏

ローマ教皇[イタリア]

1978年 8月6日 死去享年82歳

パウロ6世 - ウィキペディアより引用

『パウロ6世 (ローマ教皇)』より : パウロ6世(ラテン語: Paulus PP. VI、英語: Paul VI、1897年9月26日 - 1978年8月6日)は、第262代ローマ教皇(在位:1963年6月21日 - 1978年8月6日)。
カトリック教会の福者。
本名はジョヴァンニ・バッティスタ・モンティーニ(Giovanni Battista Montini)。
第2バチカン公会議をヨハネ23世から引継いで全うし、その理念の実施を促進。
パウルス6世とも表記される。
生涯 聖職者 北イタリアのサレッツォの田舎貴族の家に生まれたジョヴァンニ・モンティーニは1920年に司祭叙階された。
グレゴリアン大学などで学んだ後、ピウス11世の時代に教皇庁の国務長官パチェッリ枢機卿のもとで働いた。
パチェッリ枢機卿が教皇ピウス12世に選ばれると後任の国務長官ルイジ・マリオーネ枢機卿の下、モンティーニはファシスト党や、第二次世界大戦時にイタリアを占領下においたドイツのナチス党との交渉など多くの困難な任務にあたった。

PaulusⅥ 1897.9.26-1978.8.6 イタリアの聖職者。 元・ローマ教皇。 ブレシア生まれ。 本名ジョヴァンニ・バッティスタ・モンティーニ〈GiovanniBattistaMontini〉。 別名パウロ6世。 1920年司祭に叙階され、’24年ヴァティカン国務省に勤務する。’37年副長官を経て、’54年ミラーノ大司教となり、’58年枢機卿に任命され、’63年ローマ教皇に選出される。社会や政治、外交に進歩的態度をとり、’67年回勅「諸国民の進歩」を発布し、又、第2ヴァティカン公会議を賢明に導き、教令を公布させる。国際的社会主義および教会一致を促進した。 (引用元 コトバンク)