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宇垣纏

海軍中将[日本]

1945年 8月15日 死去特攻享年56歳

宇垣纏 - ウィキペディアより引用

宇垣 纏(うがき まとめ、1890年(明治23年)2月15日 - 1945年(昭和20年)8月15日)は、日本の海軍軍人。
海兵40期。
最終階級は海軍中将。
陣中日記『戦藻録』が有名。
生涯 1890年(明治23年)2月15日、岡山県赤磐郡潟瀬村(現・岡山市東区瀬戸町肩脊)の農家で教師の父・善蔵のもとに生まれる。
宇垣一成陸軍大将、宇垣完爾海軍中将は近郷同族だが、縁戚関係はない。
岡山中学校を経て1909年(明治42年)9月11日、海軍兵学校40期に成績順位150名中第9位で入校。
同期に大西瀧治郎、山口多聞、多田武雄ら。
1912年(明治44年)7月17日、海軍兵学校を成績順位144名中第9位で卒業し、少尉候補生となる。
1919年(大正8年)12月、海軍砲術学校高等科学生を次席で修了。
1924年(大正13年)11月、海軍大学校甲種学生22期を卒業し、12月1日に海軍少佐昇進。
1932年(昭和7年)11月15日、海大教官(兼陸軍大学校教官)となる。
この頃、速力の落ちていた金剛型戦艦の高速化を周囲に主張し、その改装に関与した。

 日本海軍軍人。中将。変人で、人から挨拶されると、顔を上に挙げたので「黄金仮面」との仇名がある。 神風特別攻撃隊の実行者の一人。敗戦後、部下を率いて特攻に出て、消息不明になる。 (引用元 Hatena Keyword)