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古山高麗雄 氏

芥川賞作家[日本]

2002年 3月11日 死去享年83歳

古山 高麗雄(ふるやま こまお、1920年(大正9年)8月6日 - 2002年(平成14年)3月11日)は、日本の小説家、随筆家、編集者。
芥川賞作家 主として太平洋戦争での従軍体験や戦後の生活を舞台にした小説を発表し、いかなる場においても変わることのない人間のありかたを描き出した。
1920年(大正9年) - 朝鮮新義州で開業医の家庭に生まれる。
1938年(昭和13年) - 新義州中学校首席卒業。
成績面では平安北道知事賞を受けて卒業式で答辞を読む資格があったが、自習の時間に抜け出して池でスケートをするなどの行動が問題視され、知事賞も答辞も認められなかった。
1939年(昭和14年) - 第二高等学校理科不合格。
筆記試験は合格だったが、面接で「教練と体操は嫌いです」と言ったせいで落とされたという(『人生、しょせん運不運』P.70-71)。
城北高等補習学校にて安岡章太郎の知遇を得る。
1940年(昭和15年) - 慶應義塾大学医学部予科と第三高等学校文科丙類に合格し、後者に入学。

ふるやまこまお [生]1920.8.6.朝鮮,新義州[没]2002.3.11.神奈川,相模原作家。裕福な医者の家に生まれ,独特な強い我の持ち主として育つ。第2次世界大戦中の1942年に召集され,アジア各国を転戦したが虚弱なためしばしば行軍で脱落した。この戦争体験から厭世観にとらわれ,小説を書くことで自己を回復していった。ベトナムのサイゴン戦犯刑務所雑居房での猥雑な生活を淡々と描いた『プレオー8(ユイット)の夜明け』(1970芥川賞)以後,一種独特の軽みのある文体で,澄んだ清潔な世界を造形した。『小さな市街図』(1972)では故郷を再現し,『点鬼簿』(1979),『身世打鈴(シンセターリョン)』(1980)の私小説では妹の死から始まり南方からの引き揚げで終わる最もつらい時期を描き,『蛍の宿』(1980)から『妻の部屋――遺作十二篇』(2002)まででは壊れかけた家庭が最後まで壊れず,不思議な調和をみせて完結するまでを描いた。『断作戦』(1982),『龍陵会戦』(1985),『フーコン戦記』(1999)は戦争文学三部作で,2000年に菊池寛賞を受賞した。 (引用元 コトバンク)