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山田耕筰 氏

作曲家[日本]

1965年 12月29日 死去享年80歳

山田耕筰 - ウィキペディアより引用
山田 耕筰(やまだ こうさく、Kósçak Yamada、1886年(明治19年)6月9日 - 1965年(昭和40年)12月29日)は、日本の作曲家、指揮者。
山田 耕作としても知られる。
日本語の抑揚を活かしたメロディーで多くの作品を残した。
日本初の管弦楽団を造るなど日本において西洋音楽の普及に努めた。
また、ニューヨークのカーネギー・ホールで自作の管弦楽曲を演奏、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やレニングラード・フィルハーモニー交響楽団等を指揮するなど国際的にも活動、欧米でも名前を知られた最初の日本人音楽家でもある。
軍歌の作曲も多く手がけている。
生涯 東京府東京市本郷(現在の東京都文京区)の医師でキリスト教伝道者の父の下に生まれる。
1896年、10歳の時に実父を亡くす。
実父の遺言で、巣鴨宮下(現在の南大塚)にあった自営館(後の日本基督教団巣鴨教会)に入館し、13歳まで施設で苦学する。
1899年、13歳のとき、姉のガントレット恒を頼り岡山の養忠学校に入学。
姉の夫のエドワード・ガントレットに西洋音楽の手ほどきをうける。