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池田忠雄 氏(いけだただお)

脚本家[日本]

1964年 5月12日 死去享年60歳

池田忠雄 - ウィキペディアより引用
池田 忠雄(いけだ ただかつ)は、江戸時代前期の大名。
淡路国洲本藩主、のち備前国岡山藩第2代藩主。
鳥取藩池田家宗家2代。
播磨姫路藩主・池田輝政の三男(実は六男)。
母は徳川家康の次女・督姫。
岡山藩初代藩主・池田忠継の同母弟。
生涯 慶長7年(1602年)10月28日、姫路城で生まれる。
慶長13年(1608年)、7歳で元服する。
家康の孫に当たることから慶長15年(1610年)、9歳で淡路洲本に6万石の所領を与えられたが、父の姫路城に留まり、池田氏重臣が政務にあたった。
元和元年(1615年)、岡山藩主である同母兄・忠継が17歳で早世したため、その跡を継いだ。
このとき、遺領38万石のうち、忠継が相続した母・良正院の化粧料10万石より同母弟・輝澄(山崎藩3万8,000石)や政綱(赤穂藩3万5,000石)、輝興(平福藩2万5,000石)らにそれぞれ分与したため、忠雄の領地は31万5200石となった。