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五十嵐広三 氏

政治家、元官房長官[日本]

2013年 5月7日 死去肺炎享年88歳

五十嵐 広三(いがらし こうぞう、1926年3月15日 - 2013年5月7日)は、日本の実業家、政治家。
勲等は勲一等。
企業組合ほっかい民芸舎理事長、北海道民芸品株式会社代表取締役社長、北海道旭川市長、衆議院議員(5期)、建設大臣(第59代)、内閣官房長官(第58代)、株式会社ほくみん代表取締役会長などを歴任。
生い立ち 1926年生まれ。
1943年に北海道庁立旭川商業学校を卒業後、愛別村立愛山国民学校の助教として勤務した。
その後、陸軍第7師団に入営し訓練を受けていたが、1945年に太平洋戦争が終結した。
その後、1953年に民芸品販売店を開き、ほっかい民芸舎の理事長、北海道民芸品の社長などを歴任した。
以来、実業家として、雑穀商、民芸会社、地方新聞社などを手広く経営した。
地方政界にて 1963年、37歳で日本社会党から旭川市長選挙に立候補して当選。
当時の全国最年少首長となる。
アイディア市長として全国に知られ、3期12年の市長在任中には日本初の恒久的な歩行者天国「平和通買物公園」の開設(1972年)、旭山動物園の開業(1967年)などを実現した。

村山政権で官房長官を務めた元衆院議員の五十嵐広三(いがらし・こうぞう)氏が7日午前、肺炎のため札幌市内の病院で死去した。87歳だった。近親者のみで密葬を行う。 北海道出身。1963年に37歳で旭川市長に当選し、当時全国最年少の首長となった。80年の衆院選に旧社会党から出馬し、初当選。以後、5回連続で当選し、非自民連立の細川内閣では建設相に就任した。94年に発足した「自さ社」政権では官房長官として村山富市首相(当時)を支え、95年の阪神・淡路大震災などの対応に当たった。