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ウゴ・チャベス 氏

政治家大統領陸軍中佐[ベネズエラ]

2013年 3月5日 死去享年60歳

ウゴ・チャベス - ウィキペディアより引用

ウゴ・ラファエル・チャベス・フリーアス、(スペイン語: Hugo Rafael Chávez Frías, 1954年7月28日 - 2013年3月5日)は、ベネズエラの政治家、軍人。
第53代共和国大統領。
軍における最終階級は陸軍中佐。
ベネズエラ内陸部のバリナス州サバネータで教師をしていた両親の間に生まれた。
両親がそれぞれムラートとメスティーソのため、先住民インディオ、アフリカ、旧宗主国スペインの血を引いていた。
敬虔なカトリック信者で、尊敬する政治家はラテンアメリカ独立の英雄シモン・ボリーバルと、キューバの前国家元首フィデル・カストロであった。
少年時代は成績優秀で、7歳の時には既に「大統領になりたい」という夢を周辺に語っていたという。
大の野球好きで、士官学校に入学した動機には野球部に強い選手が集まるからという理由もあったとされる。
1男3女の父親で、2回の離婚歴があった。
先妻のマリサベル・ロドリゲスとの間には娘が1人いるが、ロドリゲス前夫人によれば「慰謝料を一度も払ってもらっていない」ということで対面を拒絶されていた。

ベネズエラの政治家。1954年7月28日、ベネズエラ・バリナス州生まれ。フルネームはHugoRafaelChávezFrías。中学時代より社会主義に傾倒し、ベネズエラ士官学校時代には、軍事革命政権を樹立し「ペルー革命」を推進していたアルバラード将軍らに大きな影響を受け、75年、ベネズエラ陸軍に入隊。82年には、軍隊内地下組織COMACATE(後の「革命的ボリバリアーノ運動200」)を組織した。89年、中佐となっていたチャベスはクーデターを起こしたが失敗、投獄された。釈放後の99年、貧困層の圧倒的支持を受け、大統領に選出される。ただちに新憲法を制定し、貧困層への対策強化、大統領の権限強化などを行い、反米・社会主義路線を明確に打ち出した。そのため、2004年には米国CIAの援助を受けた軍部がクーデターを起こしてチャベスを監禁したが、国民大多数の支持を得ずに行われたクーデターはわずか2日で終息した。後、反チャベス派は後退し、主に米国により独裁制と表現された強権をもってラテンアメリカ統合を目指し、06年の大統領選でも3選を果たした。09年には大統領の無制限再選を認める憲法改正案が、国民投票により承認された。さらに12年の大統領選で4選を果たしたものの、13年3月5日、ガンにより死去。享年58。 (2013-3-7) (引用元 コトバンク)