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江副浩正 氏(えぞえひろまさ)

リクルート(現・リクルートホールディングス)創業者、元会長[日本]

2013年 2月8日 死去肺炎享年77歳

江副 浩正(えぞえ ひろまさ、1936年(昭和11年)6月12日 - 2013年(平成25年)2月8日)は、日本の実業家。
特例財団法人江副育英会理事長。
株式会社リクルートの創業者。
1988年(昭和63年)に発生した「リクルート事件」の贈賄側人物として知られる。
甲南中学校・高等学校を経て、東京大学教育学部教育心理学科卒業。
リクルートを創業し、大企業に成長させた。
1988年(昭和63年)1月会長に就任、同年6月に「リクルート事件」報道が始まり、1989年(平成元年)2月に逮捕。
リクルート裁判は14年間、開廷数322回に及び、日本の裁判史上記録的な数字であった。
2003年(平成15年)3月、執行猶予付き有罪判決を受けた。
その後、人材育成を支援する財団法人江副育英会や執筆業、慈善事業などを通じて活動していたが、2013年(平成25年)2月8日、東京都内で死去。
エピソード 江副のスキーの腕前はプロ級であり、安比高原スキー場(岩手県)を1981年(昭和56年)に開業したのもリクルートである。

リクルート(現リクルートホールディングス)を創業して情報産業の分野で一大企業に発展させた一方、政治家らに値上がり確実な未公開株を配った「リクルート事件」で有罪が確定した元リクルート会長江副浩正(えぞえ・ひろまさ)氏が8日午後3時20分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。76歳だった。葬儀の日取りは未定。 江副氏は大阪市出身。東京大在学中に全国大学新聞の広告を手掛け、1960年の卒業と同時にリクルートの前身、大学新聞広告社を設立し、社長に就任した。63年に社名を「日本リクルートセンター」に、84年には「リクルート」に改称し、「とらばーゆ」「フロムエー」などの就職情報誌を次々とヒットさせた。急成長ぶりから「情報化時代の寵児(ちょうじ)」と呼ばれた。 88年には会長に就任したが、グループ企業リクルートコスモスの未公開株が川崎市助役に渡っていたことが発覚したのをきっかけに、当時首相だった故竹下登氏を始め、政官財界に幅広く配られていたことも判明。竹下内閣は89年、総辞職に追い込まれた。東京地検特捜部が捜査に乗り出し、労働省、文部省、政界、NTTの4ルートで収賄側8人と贈賄側4人の計12人を起訴した。全員の有罪が確定し、戦後日本でロッキード事件と並ぶ疑獄事件となった。 江副氏は起訴内容を全面否認し、調書の信用性をめぐって徹底抗戦。初公判から13年余りを経て2003年3月に東京地裁で懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受けた。検察側、弁護側とも控訴せず確定。09年には事件を振り返った著書を出版し、取り調べの全面可視化を訴えた。 事件後は財団法人「江副育英会」の理事長となり、趣味のオペラなどさまざまな分野で若手の育成に努めた。 

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