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細川清 氏

公正取引委員会委員、元名古屋高裁長官[日本]

2012年 9月6日 死去胃がん享年69歳

細川 清氏(ほそかわ きようじ)は、南北朝時代の武将、守護大名。
室町幕府2代将軍足利義詮の執事、伊勢・伊賀・若狭守護。
生涯 三河細川郷(現在の愛知県岡崎市細川町)に生まれる。
父和氏の死後、若年であったため叔父の頼春の後見を受け、貞和4年/正平3年(1348年)に河内四条畷の戦いなどに従軍した。
将軍尊氏及び執事の高師直と尊氏の弟足利直義が争った観応の擾乱では四国の軍勢を率い、尊氏方として直義方と戦う。
文和元年/正平7年(1352年)に伊勢・伊賀両国の守護となり、翌文和2年/正平8年(1353年)6月に直義の養子直冬が京都へ侵攻した際には殿軍を務めて後光厳天皇を警固し、近江塩津では天皇を背負って山越えをしたといわれる。
文和3年/正平9年(1354年)9月には若狭守護、評定衆、引付頭人に加え、相模守に補任される。
翌文和4年/正平10年(1355年)の直冬勢との京都攻防戦では東寺の敵本拠を破る活躍をした。
延文3年/正平13年(1358年)に尊氏が死去して仁木頼章が執事(後の管領)を退くと、2代将軍足利義詮の最初の執事に任ぜられた。

細川 清氏(ほそかわ・きよし=公正取引委員会委員、元名古屋高裁長官)6日午前0時27分ごろ、胃がんのため東京都内の自宅で死去、68歳。東京都出身。告別式は9日午前10時30分から東京都国分寺市本多4の2の2の祥應寺で。喪主は妻玲子(れいこ)さん。 東大法学部卒業後の69年に判事補。法務省民事局長、東京家裁所長、名古屋高裁長官などを経て、10年1月に公取委委員に就任した。 

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