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島田魁(しまださきがけ)

新撰組隊士[日本]

1900年 3月20日 死去享年73歳

島田魁 - ウィキペディアより引用
島田 魁(しまだ かい、文政11年1月15日(1828年2月29日) - 明治33年(1900年)3月20日)は、新選組隊士(二番組伍長)、守衛新選組隊長。
嶋田ともいう。
後に魁の訓を「さきがけ」と改めた。
諱は義明。
家紋は丸に三つ鱗。
生涯 新選組入隊以前 文政11年(1828年)、美濃国方県郡雄総村(現岐阜県岐阜市長良雄総)庄屋近藤伊右衛門の次男として生まれる。
幼い頃、羽栗郡石田村(現岐阜県各務原市)永縄半左衛門の養子となり(養母となる半左衛門の妻と実母とは姉妹にあたる)、半左衛門死後は厚見郡日野村(現岐阜市日野)にいる母方の祖父、川島嘉右衛門に預けられる。
その頃か、剣術修行に目覚め、名古屋城内の御前試合で優勝し、大垣藩の嶋田才に見初められ養子となり嶋田家を継ぐ。
江戸に出て心形刀流・坪内主馬道場で修行する。
新選組 永倉新八と島田が京都でいつ再会したかは不明だが、文久3年(1863年)5月には新選組に入隊していたと思われる。

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