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阿部正福

備後福山藩主、明和6年10月10日没[日本]

1769年 11月7日 死去享年70歳

阿部正福 - ウィキペディアより引用
阿部 正福(あべ まさよし、元禄13年6月6日(1700年7月21日) - 明和6年10月10日(1769年11月7日))は、備後福山藩第2代藩主。
阿部家宗家6代。
福山藩初代藩主・阿部正邦の四男。
母は中村氏。
正室は松山藩主・松平定直の娘、継室は島津吉貴の養女(鳥居忠英の娘)。
子に酒井忠雄(長男)、正右(次男)、米津田恒(四男)、正興(六男)、安藤定振(七男)、正至(八男)、娘(六郷政林正室)、娘(諏訪忠厚正室のち柳沢信有継室)。
先代藩主・阿部正邦の四男として江戸藩邸で生れる。
正徳3年(1713年)に嗣子として7代将軍徳川家継に御目見する。
同5年(1715年)、父・正邦の死去により16歳で家督を相続し、寛延元年(1748年)に隠居するまで34年間藩主を務める。
阿部氏としては第4代藩主・正倫に次ぐ長期の在任となった。
父・正邦は入封早々から領内の実態を把握し、貢租・職制などの藩制整備に努めたので、正福はその政策を継続してゆけばよいはずであった。

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