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南部利視

陸奥盛岡藩主[日本]

(宝暦2年3月28日没)

1752年 5月11日 死去享年45歳

南部利視 - ウィキペディアより引用

南部 利視(なんぶ としみ)は、陸奥国 陸奥盛岡藩の第7代藩主。

宝永5年(1708年)、第5代藩主・南部信恩の次男として生まれる。
父の死後に生まれたため、叔父で6代藩主の南部利幹の養嗣子となり、享保10年(1725年)に家督を継いで藩主となった。
宝暦2年(1752年)に死去。

当初、長男の南部信伝(初名は信貞、信濃守、妻は前田吉徳の娘)を嫡子としたが夭折、代わって養子の南部利雄(前藩主利幹の長男)が継いだ。

南部氏 としみ
江戸の大名 なんふとしみ
外様大名 なんふとしみ
1708年生 なんふとしみ
1752年没 なんふとしみ
ko:난부 도시미

なんぶ-としみ 1708-1752江戸時代中期の大名。宝永5年4月26日生まれ。南部信恩(のぶおき)の3男。叔父南部利幹(としもと)の養子となり,享保(きょうほう)10年陸奥(むつ)盛岡藩主南部家8代。領内統治機構の簡素化,新田開発などをおこない,藩政のたてなおしにつとめた。俳諧(はいかい)にすぐれた。宝暦2年3月28日死去。45歳。著作に「壺雲亭(こうんてい)句集」「のみくいろん」など。 (引用元 コトバンク)