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南部行信

陸奥盛岡藩主[日本]

(元禄15年10月11日)

1702年 11月29日 死去享年61歳

南部行信 - ウィキペディアより引用
南部 行信(なんぶ ゆきのぶ)は、陸奥国 陸奥盛岡藩の第4代藩主。

寛永19年(1642年)8月17日、第4代藩主・南部重信の長男として盛岡で生まれる。
寛文4年(1664年)、父が第3代藩主になると同時に世子に指名された。
寛文6年(1666年)に従五位下、信濃守に叙位・任官する。
元禄5年(1692年)6月27日、父の隠居により家督を継いで第4代藩主となった。

しかし行信が藩主となった頃には、鹿角金山をはじめとする盛岡藩内における産金の減少、元禄7年(1694年)の大凶作から元禄8年(1695年)の大飢饉と、連年のように凶作が続いて4万人の餓死者を出すなど、藩財政が著しく悪化した。
このため、新田開発の奨励、倹約の徹底、検見制廃止による税制改革、軍馬飼育義務の免除など様々な財政改革を試みるが効果は無く、元禄15年(1702年)には2万6,000人の餓死者を出すに至った。

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