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北条政子(ほうじょうまさこ)

源頼朝の正室[日本]

(嘉禄元年7月11日没)

(ユリウス暦) 1225年 8月16日 死去享年69歳

北条政子 - ウィキペディアより引用
北条 政子(ほうじょう まさこ、保元2年(1157年) - 嘉禄元年7月11日(1225年8月16日))は、平安時代末期から鎌倉時代初期の女性。
鎌倉幕府を開いた源頼朝の正室。
伊豆国の豪族、北条時政の長女。
子は頼家、実朝、大姫、三幡。
兄弟姉妹には宗時、義時、時房、阿波局、時子など。
伊豆の流人だった頼朝の妻となり、頼朝が鎌倉に武家政権を樹立すると御台所と呼ばれる。
夫の死後に落飾して尼御台(あまみだい)と呼ばれた。
法名を安養院(あんにょういん)といった。
頼朝亡きあと征夷大将軍となった嫡男・頼家、次男・実朝が相次いで暗殺された後は、傀儡将軍として京から招いた幼い藤原頼経の後見となって幕政の実権を握り、世に尼将軍と称された。
なお、「政子」の名は建保6年(1218年)に朝廷から従三位に叙された際に、父・時政の名から一字取って命名されたものであり、それより前の名前は不明。
生涯 流人の妻 政子は伊豆国の豪族・北条時政の長女として生まれた。
伊豆の在庁官人であった時政は、平治の乱で敗れ同地に流されていた源頼朝の監視役であったが、時政が大番役のため在京中の間に政子は頼朝と恋仲になってしまう。