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浅野長政

戦国武将[日本]

(慶長16年4月7日没)

1611年 5月29日 死去享年65歳

浅野長政 - ウィキペディアより引用
浅野 長政(あさの ながまさ)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。
豊臣政権の五奉行筆頭。
常陸真壁藩主。
長政は晩年の改名で、初名の長吉(ながよし)を名乗っていた時期が長い。
(長政に改名するのは秀吉死後) 生涯 家督相続から織田家臣へ 尾張国春日井郡北野(現在の愛知県北名古屋市)に宮後城主・安井重継の子として生まれる。
織田信長の弓衆をしていた叔父・浅野長勝に男子がなかったため、長勝の娘・やや(彌々)の婿養子として浅野家に迎えられ、のちに家督を相続した。
同じく長勝の養女となっていたねね(寧々、のちの北政所、高台院)が木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)に嫁いだことから、長吉は秀吉にもっとも近い姻戚として、信長の命で秀吉の与力となる。
天正元年(1573年)、浅井長政攻めで活躍し、秀吉が小谷城主(のちに長浜城主)となると近江国内に120石を与えられた。
豊臣家臣として 信長の死後は秀吉に仕え、天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いで戦功を挙げて、近江国大津2万石を与えられる(初めは瀬田城に入ったが、のちに坂本城さらに大津城へと移った)。