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青山宗俊

信濃小諸藩・遠江浜松藩 藩主[日本]

(延宝7年2月15日没)

1679年 3月26日 死去享年76歳

青山宗俊 - ウィキペディアより引用

青山 宗俊(あおやま むねとし)は、はじめ旗本。
のちに信濃国 信濃小諸藩主を経て、大坂城代、そして遠江国 遠江浜松藩の初代藩主となる。
青山家宗家3代。

慶長9年(1604年)、徳川氏譜代の重臣・青山忠俊(武蔵国 武蔵岩槻藩主・上総国 上総大多喜藩主)の長男として生まれる。
元和 (日本) 元和7年(1621年)、従五位下・因幡守に叙位・任官する。
元和9年(1623年)に父が第3代将軍・徳川家光の勘気を受けて蟄居になったとき、父と共に相模国 相模高座郡溝郷に蟄居した。

寛永11年(1634年)、家光から許されて再出仕する。
寛永15年(1638年)12月1日に書院番頭に任じられ、武蔵・相模国内で3000石を与えられて旗本となる。
寛永21年(1644年)5月23日に大番頭に任じられる。
正保5年(1648年)閏1月19日、信濃小諸において2万7000石を加増され、合計3万石の大名となり、信濃小諸藩主となる。
寛文2年(1662年)3月29日、大坂城代に任じられたため、所領を2万石加増されて合計5万石の大名となった上で、所領を摂津国 摂津・河内国 河内・和泉国 和泉・遠江・相模・武蔵などに移され、移封となる。

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