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冷泉為恭

絵師[日本]

(元治元年5月5日没)

1864年 6月8日 死去暗殺享年42歳

冷泉為恭 - ウィキペディアより引用
冷泉 為恭(れいぜい ためちか、文政6年9月17日(1823年10月20日) - 元治元年5月5日(1864年6月8日))は、幕末期の公家召抱えの復古大和絵の絵師。
幼名は晋三。
出家後は心蓮(しんれん)。
初名は狩野永恭(かのう えいきょう)、のち冷泉為恭に改める(「冷泉」の姓は自らが冷泉家に無断で名乗ったもので、公家の出自ではない)。
また蔵人所衆である岡田氏に養子入りしたため、岡田為恭(おかだ -)とも言われ、絵にしばしば岡田氏の遠祖・菅原姓と署名している。
為恭の読みは、岡田氏に養子入りする前は「ためたか」、養子後は「ためちか」と名乗ったというのが通説である。
最高級の絵の具を惜しげも無く用いた濃彩画を得意としたが、障壁画や白描画、仏画にも当時としては傑作といわれるほどの名画を残している。
狩野派から大和絵へ 京狩野の絵師狩野永泰と、俳人北川梅價の娘織乃の第三子として生まれる。
京狩野9代目の狩野永岳は父永泰の実兄で、為恭の伯父にあたる。
父方の祖父も景山洞玉(狩野永章)という絵師であり、三代にわたる京狩野の家系である。

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