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正宗白鳥 氏

作家、劇作家、文学評論家[日本]

1962年 10月28日 死去膵臓がん享年83歳

正宗白鳥 - ウィキペディアより引用

正宗 白鳥(まさむね はくちょう、1879年(明治12年)3月3日 - 1962年(昭和37年)10月28日)は、明治 から昭和にかけて活躍した小説家、劇作家、文学評論家。
本名は正宗 忠夫(まさむね ただお)。
岡山県和気郡穂浪村(現在の備前市穂浪)に生まれる。
江戸時代の正宗家は代々網元であり、高祖父の雅明の代までは材木商も営んだ財産家であった。
閑谷黌を卒業し、1896年(明治29年)東京専門学校(後の早稲田大学)に入学。
在学中に植村正久・内村鑑三の影響を受けキリスト教の洗礼を受ける。
史学科、英語科に在籍し、1901年(明治34年)文学科を卒業。
早大出版部を経て読売新聞社に入社。
文芸・美術・演劇を担当した。
1904年(明治37年)処女作品となる『寂寞』を発表し文壇デビューする。
1907年(明治40年)読売を退社し本格的に作家活動に入る。
1908年(明治41年)に発表した、日露戦争後の青年像を描いた『何処へ』は彼の代表作である。
自然主義文学に新分野を開き注目された。
1911年(明治44年)甲府市の油商清水徳兵衛の娘・つ禰と結婚。

明治十二年(1879年)、岡山県生まれ。34年、東京専門学校文学科卒業。のちに読売新聞社に入り、文芸、美術、演劇を担当。37年の処女作『寂寞』、40年の『塵埃』、41年の『何処へ』などで自然主義文学に新分野を開くとして注目され、文壇にその地位を確立。以来、戯曲、評論、小説に健筆をふるった。透徹した批評眼には定評がある。昭和37年没。 (引用元 Hatena Keyword)