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東久世通禧

公家政治家、伯爵[日本]

(「七卿落ち」の1人)

1912年 1月4日 死去享年79歳

東久世通禧 - ウィキペディアより引用
東久世 通禧(ひがしくぜ みちとみ、天保4年11月22日(1834年1月1日) - 明治45年(1912年)1月4日)は、日本の江戸時代末期から明治時代にかけての公家、政治家。
七卿落ちで長州に逃れた尊王攘夷派公卿の1人。
王政復古後は外国事務総督を務め、発足したばかりの新政府の外交折衝にあたる。
神奈川府知事、開拓長官、侍従長などの要職を歴任し、後に貴族院副議長・枢密院副議長に至った。
華族(伯爵)。
号は竹亭、古帆軒。
生涯 天保4年(1833年)、東久世通徳(みちなる、1816年 - 1835年)の子として京都に生まれる。
幕末の朝廷で少壮の公家として尊王攘夷を唱え活躍した。
しかし文久3年(1863年)、八月十八日の政変によって、朝廷の実権が尊皇攘夷派から公武合体派に移ると、長州藩兵に守られ、三条実美・三条西季知・澤宣嘉・壬生基修・四条隆謌・錦小路頼徳とともに船で長州へ逃れた。