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佐野常民(さのつねたみ)

佐賀藩士政治家、伯爵、日本赤十字社 創始者[日本]

1902年 12月7日 死去享年80歳

佐野常民 - ウィキペディアより引用

佐野 常民(さの つねたみ、1823年2月8日(文政5年12月28日) - 1902年(明治35年)12月7日)は、日本の武士(佐賀藩士)、政治家。
日本赤十字社の創始者。
官職は枢密顧問官、農商務大臣、大蔵卿、元老院議長。
勲等は勲一等。
爵位は伯爵。
「佐賀の七賢人」の一人。
名は栄寿、栄寿左衛門。
子は佐野常羽。
1823年(文政6年)、 佐賀藩士下村三郎左衛門(充贇)の5男として佐賀(肥前国佐賀郡早津江村 現・佐賀市)に生まれる。
幼名は鱗三郎。
1831年(天保2年)に佐賀藩医佐野常徴の養子となり、佐賀藩の前藩主・鍋島斉直から栄寿の名を授かった。
佐賀藩校・弘道館に学び、1837年(天保8年)には養父のいる江戸へ遊学、古賀侗庵に学ぶ。
1839年(天保10年)、佐賀に帰り、弘道館で考証学を、松尾塾で外科術を学ぶ。
1842年(天保13年)、佐野家の養女・駒子と結婚する。
1846年(弘化3年)、京都で広瀬元恭の時習堂に入門し、1848年(嘉永元年)には大坂の緒方洪庵の適塾で学び、さらに紀伊国で華岡青洲が開いた春林軒塾に入門する。

1823年2月8日(文政5年12月28日)〜1902年(明治35年)12月7日) 日本の幕末期の佐賀藩士。明治期の官僚。政治家。 明治新政府の官僚として活躍。また、日本赤十字社の前身である博愛社の創始者として知られている。 (引用元 Hatena Keyword)