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大谷光瑞(おおたにこうずい)

宗教家、探検家、浄土真宗本願寺派第22世法主、伯爵[日本]

1948年 10月5日 死去享年73歳

大谷光瑞 - ウィキペディアより引用
大谷 光瑞(おおたに こうずい、1876年(明治9年)12月27日 - 1948年(昭和23年)10月5日)は日本の宗教家(僧)、探検家。
浄土真宗本願寺派第22世法主、伯爵、国営競馬馬主。
諱は光瑞。
法名は鏡如上人。
院号は信英院。
弟に真宗木辺派の本山錦織寺第20代法主となる木辺孝慈、大谷尊由、妹に九条武子がいる。
妻は大正天皇の皇后・九条節子の姉・籌子(かずこ)。
第21世法主・大谷光尊(明如上人)の長男として誕生する。
幼名は峻麿といった。
1885年(明治18年)、9歳で得度。
翌1886年(明治19年)、上京して学習院に入学するが退学。
その後、尺振八の開いた共立学舎(当時受験校で知られていた共立学校とは別)という英学校に入学するもやはり退学。
京都に帰り前田慧雲(のち東洋大学学長・龍谷大学学長)に学んだ。
1902年(明治35年)8月、教団活動の一環として西域探検のためインドに渡り、仏蹟の発掘調査に当たった。
1903年(明治36年)1月14日朝、ビハール州ラージギル郊外で長らく位置が判らなかった旭日に照らされた釈迦ゆかりの霊鷲山を発見している。