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池大雅(いけのたいが)

文人画家書家[日本]

(安永5年4月13日没)

1776年 5月30日 死去享年54歳

池大雅 - ウィキペディアより引用

池 大雅(いけの たいが/いけ たいが、 享保8年5月4日(1723年6月6日) - 安永5年4月13日(1776年5月30日))は、日本の江戸時代の文人画家、書家。
本来の苗字は池野(いけの)だが、中国風に池と名乗った。
幼名は又次郎(またじろう)など。
諱は勤(きん)、無名(ありな)、字は公敏(こうびん)、貨成(かせい)。
日常生活には池野 秋平(いけの しゅうへい)の通称を名乗った。
雅号は数多く名乗り、大雅堂(たいがどう)、待賈堂(たいかどう)、三岳道者(さんがくどうしゃ)、霞樵(かしょう)などが知られている。
妻の玉蘭(ぎょくらん)も画家として知られる。
弟子に木村兼葭堂などがいる。
与謝蕪村とともに、日本の文人画(南画)の大成者とされる。
略伝 享保8年(1723年)、京都銀座役人の下役の子として生まれる。
父を早くに亡くし経済的に苦しい中、6歳で素読を始め、7歳から本格的に唐様の書を学び始める。
習い始めたばかりの頃、萬福寺で書を披露し、その出来栄えに僧たちから「神童」と絶賛された。
柳里恭(柳沢淇園)に才能を見出され、文人画を伝えられた。

1723−1776。江戸中期の画家。絵を売って生活することを好まず、晴耕雨読の生活を良しとした。ために「奇人」と称された。妻である玉蘭も奇人で、なかむつまじい夫婦であった。 (引用元 Hatena Keyword)