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乾隆帝

清朝第6代皇帝[清]

(嘉慶4年1月3日没)

1799年 2月7日 死去享年歳

乾隆帝(けんりゅうてい)は、清の第6代皇帝。
清王朝の最盛期を創出する。
諱は弘暦(こうれき、Hung li)、廟号は高宗(こうそう)。
在世時の元号の乾隆を取って乾隆帝と呼ばれる。
生涯 雍正帝と孝聖憲皇后(満州正黄旗出身のニオフル氏)との間の子(第4子)として生まれる。
祖父康熙帝に幼い頃からその賢明さを愛され、生まれついての皇帝になる人物と目されており、太子密建を経て即位した。
祖父、父とは違い派手好みの性格であった。
25歳で即位すると父雍正帝の時代に助命された曾静を張熙とともに逮捕し凌遅刑に処して、その一族も処刑するなどその存在感を示した。
乾隆帝の功績としてまず挙げられるのが「十全武功」と呼ばれる10回の外征である。
ジュンガル(1755年第二次清・ジュンガル戦争、1755年-1759年第三次清・ジュンガル戦争)、四川の金川(1747年-1749年、1771年-1776年大小金川の戦い)、グルカ(1788年-1789年、1791年-1792年清・ネパール戦争、戦闘はチベット、ネパールで行なわれた)に2回ずつ、回部及びバダフシャーン(1757年-1759年大小和卓の乱)、台湾(林爽文事件)、緬甸(1765年-1769年清緬戦争)、越南(1789年ドンダーの戦い)に1回ずつ計10回の遠征を十全武功と言って誇り、自身を十全老人と呼んだ。

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