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有馬頼義 氏

作家[日本]

1980年 4月15日 死去脳溢血享年63歳

有馬 頼義(ありま よりちか、1918年(大正7年)2月14日 - 1980年(昭和55年)4月15日)は日本の小説家で、大衆小説、社会派推理小説で活躍した。
旧筑後国久留米藩主有馬家の第16代当主。
出自 伯爵有馬頼寧の三男として東京市赤坂区青山に生まれる。
母貞子は北白川宮能久親王の第二女王女子。
頼寧の母・寛子(頼義の祖母)は岩倉具視の五女。
頼義の妹・澄子は足利惇氏の妻。
姉の正子は亀井茲建の妻であり、衆議院議員亀井久興は甥にあたる。
兄2人の早世と病弱により早くから伯爵家を嗣ぐことを決められる一方、有馬家と母の実家・北白川宮家の複雑な家庭環境を肌で感じる多感な幼少期を過ごした。
複雑な家庭環境とは以下の通り。
父・頼寧の実母・寛子は岩倉具視の娘であったが、頼寧出産後、有馬家によって一方的に理由不詳のまま岩倉家に返され、離婚に追い込まれた(後に森有礼と再婚)。
また、母・貞子は側室の岩浪稲子出生であったが、北白川宮家での貞子母子の立場の悪化を懸念した有馬韶子(有栖川宮韶仁親王女・曽祖父頼咸の正妻)によって有馬家に迎えられた。

ありまよりちか [生]1918.2.14.東京[没]1980.4.15.東京小説家。旧久留米藩主の伯爵有馬家に生れ,学習院初等科を経て成蹊高等学校,早稲田第一高等学院に学んだが,いずれも中退。父頼寧(よりやす)は戦犯容疑者として収監されたこともある。短編集『終身未決囚』(1954)で直木賞を受賞。血統その他の理由で疎外された人間を好んで取上げる一方,『四万人の目撃者』(58),『リスとアメリカ人』(59)などを書いて松本清張とともに推理小説興隆のにない手となった。ほかに『失脚』(58),『葉山一色海岸』(59),『遺書配達人』(60)などがある。また『東京空襲戦災誌-都民の空襲体験記録集-』(73)をまとめた。 (引用元 コトバンク)