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長門裕之 氏(ながとひろゆき)

俳優[日本]

2011年 5月21日 死去享年78歳

長門裕之 - ウィキペディアより引用

長門 裕之(ながと ひろゆき、1934年1月10日 - 2011年5月21日)は、日本の俳優。
本名は加藤 晃夫(かとう あきお)。
来歴・人物 妻は南田洋子、実弟津川雅彦、父は沢村国太郎、母はマキノ智子、叔父に加東大介、叔母に沢村貞子、祖父には「日本映画の父」と呼ばれる牧野省三、狂言作者の竹芝伝蔵、姪には真由子をもつという芸能一家で有名。
沖縄アクターズスクール校長であるマキノ正幸は母方の従兄弟。
南田との間に子供はいなかった。
真由子からは「アーチー」(「晃夫おじさん」の意味)と呼ばれていた。
京都府京都市中京区生まれ。
花園高等学校卒業から立命館大学文学部中退。
元阪神タイガース監督の吉田義男は同学年であり大学時代の同期だが、吉田も中退している。
映画初出演は1940年の『続清水港』。
第二次大戦前の少年期から名子役として広く知られた。
学生時代は俳優を一時休業するが、戦後、映画製作を再開した日活に入社。
太陽族映画の第一作となる『太陽の季節』に主演し、デビュー間もない石原裕次郎と共演したほか、今村昌平監督ともコンビを組み、印象深い演技を残し、「日活の看板スター」となった(が、この映画を機に一気に人気となった南田とは対照的に、津川や後輩の石原らに人気は奪われた)。

映画「太陽の季節」やテレビの2時間ドラマなどで知られた個性派俳優の長門裕之(ながと・ひろゆき、本名加藤晃夫=かとう・あきお)さんが21日午後5時20分ごろ、東京都内の病院で亡くなった。77歳だった。京都市出身。葬儀の予定などは未定。 俳優の沢村国太郎と女優のマキノ智子を両親に持ち、1940年に映画「続清水港」でデビュー。子役を経て、56年の「太陽の季節」のヒットで日活の看板スターとなった。同社退社後もシリアスからコミカルな役までこなす演技力を生かして数々の作品に出演。故今村昌平監督と組んだ「にあんちゃん」「豚と軍艦」などが高く評価された。この他の出演作に映画「破戒」「秋津温泉」「日本侠客伝」「連合艦隊」、テレビドラマ「赤い疑惑」「おていちゃん」「篤姫」など。 「太陽の季節」で共演した故南田洋子さんと61年に結婚。音楽番組の司会を二人で担当するなど、おしどり夫婦として知られた。後年、認知症を発症した南田さんの介護が、テレビドキュメンタリーなどを通して話題を呼んだ。著書に「洋子へ」など。俳優の津川雅彦さんは実弟。 同日夜、取材に応じた津川さんによると、長門さんは肺炎をきっかけにした合併症だった。前日までは元気で、「次に作る映画に出てほしい」と話し掛けたら「よし」と答え、これが最後の会話になったという。 (2011/05/22-00:06)

ながと-ひろゆき 1934-2011昭和-平成時代の俳優。昭和9年1月10日生まれ。4代沢村国太郎・マキノ智子の長男。津川雅彦の兄。妻は南田洋子。昭和15年子役で映画デビュー。30年日活にはいり,「太陽の季節」「われらの時代」などで青春スターとして活躍。34年「にあんちゃん」でブルーリボン男優主演賞。「豚と軍艦」「秋津温泉」などで主演。テレビでも活躍。平成23年5月21日死去。77歳。京都府出身。立命館大中退。本名は加藤晃夫。 (引用元 コトバンク)