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ポル・ポト 氏

政治家、独裁者[カンボジア]

1998年 4月15日 死去享年62歳

ポル・ポト - ウィキペディアより引用

ポル・ポト(ភាសាខ្មែរ: ប៉ុល ពត, ラテン文字転写: Pol Pot、1928年5月19日 - 1998年4月15日)は、カンボジアの政治家。
本名はサロット・サル(ភាសាខ្មែរ: សាឡុត ស, ラテン文字転写: Saloth Sar)だが、ポル・ポトは自身がサロット・サルと同一人物であると公式に認めたことはない。
しかし、サロット・サルの兄弟のうちポル・ポト政権下を生き延びた3人の1人ロット・スオン(Roth Suong)は、ポル・ポトがサロット・サルであることを証言している。
通称は「一の同志」、「コード87」、「バン・ポー(年長者)」などがある。
民主カンプチア首相、カンボジア共産党中央委員会書記長を務め、クメール・ルージュの精神的指導者として知られている。
生い立ち サロット・サル(以下ポル・ポト)は、仏領インドシナのプレク・スバウヴ(現在のカンボジア王国コンポントム州)で生まれ育った。
父の名はペン・サロット(Phen Saloth)、母はソク・ネム(Sok Nem)。

PolPot [生]1925/1928.5.19.コンポンチャム[没]1998.4.15.カンボジア北部国境付近カンボジアの政治家。別名サロット・サルSalothSar。プノンペン工科大学卒業後,フランスへ留学。1952年帰国後,プノンペンの私立学校教師。60年カンプチア共産党の創立に参加,63年には書記長に就任,イエン・サリ,ソン・センらとともに地下に潜行,赤いクメールの中心人物として反政府運動を展開。70年右派ロン・ノル将軍のクーデターで失脚したシアヌークと提携し,反米=反ロン・ノル闘争を指導,75年4月ロン・ノル政権打倒に成功した。翌76年「民主カンプチア」の首相として農本主義的共産主義改造を強行,その恐怖政治のため国民の支持を失い,78年12月にはベトナムの介入を招き,ポル・ポト政権はタイ国境地帯に撤退,79年には首相を解任された。85年の民主カンプチア軍最高会議議長兼総司令官退任後も,依然としてポル・ポト派軍の最高司令官であり,同派の最高指導者であったが,97年内部対立から身柄を拘束され,同派の人民裁判で終身刑を宣告されていた。98年国境付近で死亡との情報があり,調査隊がチョンチャンガムという集落で遺体を確認した。 (引用元 コトバンク)