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伊達忠宗(だてただむね)

陸奥仙台藩主[日本]

(万治元年7月12日没)

1658年 8月10日 死去享年59歳

伊達忠宗 - ウィキペディアより引用
伊達 忠宗(だて ただむね)は、江戸時代初期の陸奥仙台藩の第2代藩主。
伊達政宗の二男で嫡子。
母は田村清顕の娘・愛姫。
初代伊予宇和島藩主伊達秀宗は異母兄。
仙台藩の地位と基盤固めに務めて大いに功績を残したため、「守成の名君」と評された。
生涯 慶長12年(1607年)、この年誕生した徳川家康の五女・市姫との婚約が成立したが、市姫は3年後に夭逝したため、代わりに池田輝政の娘・振姫(家康の孫娘)が徳川秀忠の養女として嫁いだ。
庶長子であった兄の秀宗は、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣に父と共に参陣し、戦後に大御所徳川家康から伊予宇和島10万石を与えられて別家を興したため、忠宗が伊達宗家の後継者と定められた。
寛永13年(1636年)5月、父・政宗の死去にともない家督を相続する。
忠宗は同年8月に藩主としての初入部を果たすと、ただちに藩政の執行体制を決定した。
まず、他藩の家老にあたる奉行職6人のうち石母田宗頼・中島意成・茂庭良綱・奥山常良の4人は留任させ、津田景康・遠藤玄信に代えて津田頼康(景康の子)・古内重広を新たに加えた。
題名
感仙殿伊達忠宗・善応殿伊達綱宗の墓とその遺品 (1985年)
著者
発売元
瑞鳳殿
発売日
1985-05
新品価格
より
中古商品
¥ 32,500 より

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