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三島由紀夫 氏(みしまゆきお)

作家[日本]

1970年 11月25日 死去割腹自殺享年46歳

三島由紀夫 - ウィキペディアより引用

三島 由紀夫(みしま ゆきお、本名:平岡 公威(ひらおか きみたけ)、1925年(大正14年)1月14日 - 1970年(昭和45年)11月25日)は、日本の小説家・劇作家・随筆家・評論家・政治活動家・皇国主義者。
血液型はA型。
戦後の日本文学界を代表する作家の一人であると同時に、ノーベル文学賞候補になるなど、日本語の枠を超え、海外においても広く認められた作家である。
『Esquire』誌の「世界の百人」に選ばれた初の日本人で、国際放送されたTV番組に初めて出演した日本人でもある。
満年齢と昭和の年号が一致し、その人生の節目や活躍が昭和時代の日本の興廃や盛衰の歴史的出来事と相まっているため、「昭和」と生涯を共にし、その時代の持つ問題点を鋭く照らした人物として語られることが多い。
代表作は小説に『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』『鏡子の家』『憂国』『豊饒の海』など、戯曲に『鹿鳴館』『近代能楽集』『サド侯爵夫人』などがある。
修辞に富んだ絢爛豪華で詩的な文体、古典劇を基調にした人工性・構築性にあふれる唯美的な作風が特徴。

みしまゆきお [生]1925.1.14.東京[没]1970.11.25.東京小説家,劇作家。本名,平岡公威(きみたけ)。学習院高等科を経て1947年東京大学法科卒業。第2次世界大戦中『日本浪曼派』の影響を受けて文芸に親しみ,短編集『花ざかりの森』(1944)を刊行。戦後49年『仮面の告白』の成功で文壇的地位を確立,『愛の渇き』(50),『禁色』(51~53)など問題作を次々に発表した。透徹した方法論のもとに緻密な世界を築いたが,その作風は唯美主義から古典的均整を求める方向に移行し,『金閣寺』や『橋づくし』(56)で一つの頂点に達した。以後思想的に右傾し,独自の文化防衛論を説くとともに,『憂国』(61),『英霊の声』(66)などを発表。『太陽と鉄』(65~68)を経て,『豊饒の海』(65~70)完成直後,みずからの組織する「楯の会」会員とともに自衛隊内に乱入,決起を訴えたが果さず,割腹自殺した(→三島事件)。劇作家としてもすぐれ,『近代能楽集』(56),『鹿鳴館』(57),『サド侯爵夫人』(65)などの作がある。 (引用元 コトバンク)