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後水尾天皇(ごみずのおてんのう)

第108代天皇[日本]

(延宝8年8月19日崩御)

1680年 9月11日 死去享年85歳

後水尾天皇 - ウィキペディアより引用

後水尾天皇(ごみずのおてんのう、文禄5年6月4日(1596年6月29日) - 延宝8年8月19日(1680年9月11日))は第108代天皇(在位:慶長16年3月27日(1611年5月9日) - 寛永6年11月8日(1629年12月22日))。
諱は政仁(ことひと)。
系譜 後陽成天皇の第三皇子。
母は、関白太政大臣・豊臣秀吉の猶子で後陽成女御の中和門院・近衛前子。
中宮:徳川和子(東福門院)(1607-1678) 第二皇女:興子内親王(明正天皇)(1623-1696) 第三皇女:女二宮(1625-1651、秋月院妙澄大師)‐近衛尚嗣室 第二皇子:高仁親王(1626-1628) 第三皇子:若宮(1628) 第四皇女:女三宮昭子内親王(顕子内親王)(1629-1675) 第六皇女:女五宮賀子内親王(1632-1696) - 二条光平室 第七皇女:菊宮(1633-1634) 典侍:四辻与津子(?-1638) 第一皇子:賀茂宮(1618-1622) 第一皇女:文智女王(1619-1697) 典侍:園光子(壬生院)(1602-1656) 第四皇子:紹仁親王(後光明天皇)(1633-1654) 第六皇子:守澄法親王(1634-1680) - 初代輪王寺宮門跡、179代天台座主 第十皇女:元昌女王(1637-1662) 第十一皇女:宗澄女王(1639-1678) 第十三皇女:桂宮(1641-1644) 典侍:櫛笥隆子(逢春門院)(1604-1685) 第五皇女:理昌女王(1631-1656) - 宝鏡寺宮門跡 第五皇子:某(1633) 第八皇女:光子内親王(1634-1727) 第八皇子:良仁親王(後西天皇)(1637-1685) 第九皇子:性真法親王(1639-1696) - 大覚寺宮門跡、東寺長者 第十二皇女:摩佐宮(1640-1641) 第十四皇女:理忠女王(1641-1689) 第十一皇子:穏仁親王(第3代八条宮)(1643-1665) 第十三皇子:道寛法親王(1647-1676) - 聖護院宮門跡、園城寺長吏 典侍:園国子(新広義門院)(1624-1677) 第十皇子:尭恕法親王(1640-1695)- 181・184・187代天台座主 第十五皇女:常子内親王(1642-1702)‐近衛基熙室、徳川家宣御台所近衛熙子の母 第十 ……

ごみずのおてんのう [生]慶長1(1596).6.4.京都[没]延宝8(1680).8.19.京都第108代の天皇(在位1611~29)。名は政仁(ことひと),幼称は三宮,法名は円浄という。後陽成天皇の第3皇子。母は中和門院藤原前子(太政大臣近衛前久の娘)。慶長16(11)年受禅,即位した。元和6(20)年将軍徳川秀忠の娘和子を女御とし,寛永1(24)年皇后宣下,中宮とした。しかし朝廷に対する幕府の圧迫が激しいため,同6年中宮和子所生のわずか7歳の興子内親王(明正天皇)に譲位し,以後明正,後光明,後西,霊元天皇の4代にわたって院政を行なった。慶安4(51)年剃髪。学問を好み,詩歌にすぐれ,歌集『後水尾院御集』(原名『鴎巣集』)がある。修学院離宮は天皇の造営にかかるものとして有名である。陵墓は京都市東山区今熊野泉山町の月輪陵。 (引用元 コトバンク)