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後朱雀天皇(ごすざくてんのう)

第69代天皇[日本]

(寛徳2年1月18日崩御)

(ユリウス暦) 1045年 2月7日 死去享年37歳

後朱雀天皇(ごすざくてんのう、寛弘6年11月25日(1009年12月14日) - 寛徳2年1月18日(1045年2月7日))は、平安時代中期の第69代天皇(在位:長元9年4月17日(1036年5月15日) - 寛徳2年1月16日(1045年2月5日))。
諱は敦良(あつなが)。
一条天皇の第三皇子。
母は藤原道長女中宮彰子。
同母兄に後一条天皇。
後一条天皇の即位に伴い皇太子となった敦明親王が、寛仁元年(1017年)自ら皇太子を辞退したため、その後を受けて皇太子(皇太弟)となる。
同5年(1021年)道長の六女で叔母にあたる嬉子が東宮妃として入内、万寿2年(1025年)に待望の第一王子親仁(後冷泉天皇)が生まれるが、嬉子は産後の肥立ちが悪く2日後に急逝した。
その後道長の外孫で従姉妹の禎子内親王が入内し第二王子尊仁(後三条天皇)始め一男二女を出産、それとは対照的に兄後一条がついに皇子の誕生を見ぬまま崩御したため、その後を受けて即位した。

ごすざくてんのう [生]寛弘6(1009).11.25.京都[没]寛徳2(1045).1.18.京都第69代天皇(在位1036~45)。名は敦良(あつなが)。一条天皇の第3皇子。母は中宮上東門院彰子(藤原道長の娘)。長元9(1036)年践祚し,次いで即位した。寛徳2(1045)年譲位して薙髪し,即日薨じた。在位中は関白藤原頼通の権力が強く,天皇の意のままにはならなかった。陵墓は京都市右京区の円乗寺陵(えんじょうじのみささぎ)。 (引用元 コトバンク)