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花山天皇

第65代天皇[日本]

(寛弘5年2月8日崩御)

(ユリウス暦) 1008年 3月17日 死去享年歳

花山天皇 - ウィキペディアより引用
花山天皇(かざんてんのう、安和元年10月26日(968年11月29日) - 寛弘5年2月8日(1008年3月17日)、在位:永観2年10月10日(984年11月5日) - 寛和2年6月23日(986年8月1日))は、日本(平安時代中期)の第65代天皇。
諱は師貞(もろさだ)。
花山院や花山法皇とも呼ばれる。
冷泉天皇の第一皇子。
母は、摂政太政大臣藤原伊尹の娘・女御懐子。
三条天皇の異母兄。
花山源氏(神祇伯を世襲した伯王家、のち断絶)の祖。
安和2年(969年)、叔父円融天皇の即位と共に皇太子になり、永観2年(984年)、同帝の譲位を受けて即位。
生後10ヶ月足らずで立太子したのは、摂政であった外祖父伊尹の威光によるものだが、17歳で即位時には既に伊尹は亡くなっており、有力な外戚をもたなかったことは、2年足らずの在位という後果を招いた。
関白には先代に引き続いて藤原頼忠が着任したが、実権を握ったのは、帝の外舅義懐と乳母子藤原惟成であった。
義懐と惟成は荘園整理令の発布、貨幣流通の活性化など革新的な政治を行ったが、ほどなくして天皇が退位したのに殉じて遁世した。