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聖武天皇

第45代天皇[日本]

(天平勝宝元年7月2日崩御)

(ユリウス暦) 0749年 8月19日 死去享年歳

聖武天皇 - ウィキペディアより引用

聖武天皇(しょうむ てんのう、大宝元年(701年) - 天平勝宝8年5月2日(756年6月4日)、在位:神亀元年2月4日(724年3月3日) - 天平勝宝元年7月2日(749年8月19日))は日本(奈良時代)の第45代天皇。
即位前の名は首皇子(おびとのみこ)。
尊号(諡号)を天璽国押開豊桜彦天皇(あめしるしくにおしはらきとよさくらひこのすめらみこと)、勝宝感神聖武皇帝(しょうほうかんじんしょうむこうてい)、沙弥勝満(しゃみしょうまん)とも言う。
文武天皇の第一皇子。
母は藤原不比等の娘・宮子。
文武天皇の第一皇子として生まれたが、慶雲4年6月15日(707年7月18日)に7歳で父と死別、母の宮子も心的障害に陥ったため、その後は長く会うことはなかった(物心がついて以後の天皇が病気の平癒した母との対面を果たしたのは齢37のときであった)。

しょうむてんのう [生]大宝1(701).大和[没]天平勝宝8(756).5.2.奈良第45代の天皇(在位724~749)。名は天璽国押開豊桜彦尊(あめしるしくにおしはるきとよさくらひこのみこと),また首(おびと)。文武天皇の第1皇子,母は藤原不比等の娘,尊称太皇太后宮子娘。神亀1(724)年即位。先に入内した夫人安宿媛(あすかべひめ。贈太政大臣藤原不比等の娘)を皇后(光明皇后)とし,皇族から立后の旧慣を破った。仏教を深く信じ,国ごとに国分僧尼寺を建て,みずから経文を書写してこれに納めた。また東大寺を建立し,像高約15mの大仏である盧舎那仏(るしゃなぶつ)を鋳造した。この大事業やその他の諸寺院の建立のため国家財政は窮乏し,人心は朝廷から離反し,宮廷内の抗争も激しくなっていった。天平勝宝1(749)年戒を受けて勝満と号し,位を皇太子(孝謙天皇)に譲った。仏教の興隆に伴い美術工芸が著しく発達し,いわゆる天平文化を現出した。天平宝字2(758)年勝宝感神聖武皇帝の尊号を受けた。陵墓は奈良市法蓮町の佐保山南陵。 (引用元 コトバンク)