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大石内蔵助(おおいしくらのすけ)

赤穂藩士、筆頭家老[日本]

(諱・良雄、吉良邸に討ち入る、元禄16年2月4日没)

1703年 3月20日 死去切腹享年45歳

大石内蔵助 - ウィキペディアより引用
『大石良雄』より : 大石 良雄(おおいし よしお/よしたか)は、江戸時代前期の武士。
播磨国赤穂藩の筆頭家老。
赤穂事件で名を上げ、これを題材とした人形浄瑠璃・歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』で有名になった。
「良雄」は諱で、通称(仮名)は「内蔵助」。
一般にはこの大石 内蔵助(おおいし くらのすけ)の名で広く知られる。
本姓は藤原氏。
家紋は右二ツ巴。
出自 大石家は藤原秀郷の末裔小山氏の一族である。
代々近江国守護佐々木氏のもとで栗太郡大石庄(滋賀県大津市大石東町・大石中町)の下司職をつとめていたため、大石を姓にするようになった。
その後、大石氏は応仁の乱などで没落したが、大石良信の代には豊臣秀次に仕えた。
秀次失脚後、良信の庶子にして次男の大石良勝(良雄の曽祖父)は京で仏門に入れられたが、京を脱走し江戸で浪人した後、浅野家に仕えるようになった。
良勝は、大坂夏の陣での戦功が著しかったため、浅野長政の三男浅野長重(長矩の曽祖父で常陸国真壁・笠間藩主)の永代家老に取り立てられる。
長重の長男・長直は赤穂に転封されたので、大石家も赤穂に移ることになる。